小規模作業所認定書

IMG_0339 (638x479)徳山地区精神保健家族会は、昭和60年から「徳山地区精神保健家族会共同作業所」、平成10年から「徳山地区精神保健家族会共同作業所分室コスモス工房」を運営してきましたが、実は、県に正式に認められたのは、平成10年6月29日のことでした。

 

当初、運営は家族の手弁当(家族がバザーや寄付などで運営費を調達する)で始まり、そのうちに市町から補助金が出るようになり、次に国から補助金が出るようになり、最後に県から補助金が出るようになったという順番だったからです。

 

このことから、金銭面ではさまざまな苦労があったことが理解できます。

これまで、家族がボランティアや指導員になって人件費を抑えるなどしてきました。

しかしながら、家族だけで作業所運営を継続していくことにも限界を感じていたのも事実だったと思います。

 

平成11年、作業所はこれまでボランティアとして第三者を受け入れ来ましたが、家族以外の方を初めて雇用することになりました。

それはつまり、精神保健を学び、理解して支えようとする第三者が出てきたという事でした。

ここから、次の展開が始まっていきました。

 

コスモス工房の誕生

利用する人が多くなったこともあり、平成10年3月2日、下松市潮音町に徳山地区精神保健家族会分室「コスモス工房」が誕生しました。

 

分室を設置するに当たり、家族会や保健所、ボランティアの方々が、各方面に働きかけを行い、活動に賛同してくださる大家さんとの出会いがあったことで、実現することが出来ました。

 

開設当時は、10人未満の利用でした。

 

平屋の民家でしたので、作業を行うだけでなく、皆で料理を作って食べたり、下松市在住の家族の方が編み物をする場になったりしました。

 

精神疾患のある方や家族にとっても、もうひとつ、自宅以外の場所ができ、下松市だけでなく光市の方が通いやすくなったこともあり、少しずつ人数が増えていきました。

さわやか工房 はじめの一歩

徳山地区精神保健家族会小規模作業所、今のさわやか工房は、周南市平野にある曹洞宗瑞龍山「祥雲寺」から始まりました。

 

昭和59年、家族会の方々や保健所の方が、和尚様や門徒の方々にお許しを頂き、場所を借りて作業が始まりました。当時は、お菓子の箱組み立てや手芸小物等を作成していたようです。

 

その後、当時の保健所長さんのご尽力もあり、昭和60年に周南市岐山の図書館の横にある「勤労福祉センター」を借りることができました。

場所を固定することが出来たため、お菓子の袋詰め、メンバー(利用者のことをこう呼びます)の山を借りて畑を作り、赤い羽根共同募金でミシンを頂くなど、作業内容を少しずつ増やしていきました。

 

当初、作業所の運営は手弁当、つまり家族会の方々の寄付やバザーの収入などを運営費に充てていました。年に4,5回バザーをして、家族が指導員をするなどしてやりくりをしていました。

昭和61年に山口県や市(徳山市、下松市、光市、新南陽市、鹿野町、のちに熊毛町)から助成金を頂くようになり、運営が少しずつ安定しはじめました。

 

メンバーは少しずつ増え、平成7年には31人となり、勤労福祉センターの部屋が人であふれるような状態になっていました。

徳山地区精神保健家族会のはじまり

前回、徳山地区精神保健家族会は昭和54年に設立したと書きましたが、いろいろ調べて行くうちに、昭和53年創立という話も出てきました。

 

実は、昔を知る方が少なく、ここのところをはっきり調べることが出来ませんでした。

また、設立後の資料もなく、次にわかったことは、昭和60年に作業所を開設したことでした。

 

ここからは推測ですが、家族会設立後、保健所の保健師さんや職員さんと一緒に定例会や勉強会、視察などをしていたのではないかと思います。

その中で、作業所の話が出たのではないでしょうか?

 

当時は、病院から退院しても、家以外に行くところがありませんでした。

きっと、家族の方は困り、どうにかしないといけないと思ったことでしょう。

また、あの頃は、全国で家族会運動が盛んになり、作業所設立の機運が高まった時期でもありました。

 

徳山地区精神保健家族会作業所を創ろう!という話になったと思われます。

 

さて、作業所の第一歩は、新南陽のあるお寺から始まりました。

 

写真は平成になってからのもの。講師を招いて勉強会と思われます。

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みんなで歩けば道になる    ~山口県の家族会は~

家族会活動は、全国で展開していきましたが、山口県の家族会はどうだったのか。

 

資料によると、山口県精神障害者家族会連合会(山家連)が創立したのが、昭和47年10月28日、防府市の歯科医師会に5家族会が集い、活動が始まったと書いてありました。

(「みんなで歩けば道になる 全家連30年のあゆみ」より)

 

当時のことを詳細に確認することが出来ないため、あくまでも推測ですが、全国的な流れと同じように、山口県でも病院から家族会が始まり、昭和40年以降、保健所が当事者や家族をつなぎ、その中から地域の家族会は生まれたのではないかと思います。

 

徳山精神保健家族会も昭和54年に創立したと聞いています。

 

きっと、あの当時の家族の方々は、さまざまな苦労を抱えながらも、学び合い、団結し、社会に啓発するなど、活動を行っていったのだと思います。

 

徳山地区精神保健家族会がどのように始まり、活動を展開していったのか・・・

次は、この部分について触れたいと思います。